
一昨日、四か月ぶりに床屋に行った。
実は先週末も行った。いつものように、十分ほどの道のりをへらへら歩いていったら、いきつけのそのお店はカーテンがひかれ、入り口には「しばらくお休みします」との手書きの紙が貼られていた。
ボクの住む町は、家が一軒全壊したけれど、多くは瓦が落ちたぐらいで深刻な被害はなかったから、店内がめちゃくちゃになっているとも想像できず、二代目の若主人がボランティアで東北へ行ってしまったのかと思ったりもしたけど、いずれにしても「しばらくお休みします」以外の情報はなく、考えても無駄というようにちょっと冷たい春の風が伸びすぎた髪をすっとすくっていったので、仕方なく来た道をへらへらと歩いて帰ることにした。
一週間後、床屋は当たり前のように開いていて、いつものように二代目が「今日はどうしましょう?」と聞いてくる。「いつものようにテキトウに」と答えると、「いつものようにテキトウですね。ところで……」といつものような世間話が始まる、はずだった。
「ところで、先週親父が死んじゃいましてね。で、お通夜とか葬式とかでしばらく休んでいたんですよ」
先代は癌を患っていた。一年ほど前咳き込むことが多くなり風邪かと思って受診したらどうも様子がおかしいとあれこれ検査をした結果、余命一年の癌だった。そんな話を二代目から聞いてから、ああ、一年が立ったのだ。
「医者の言うことってけっこう当るんですよね。3か月後にはこうなる半年後にはこうなるって、だいたい当っていましたね。まあ、そのおかげで準備できたからか、親父もほとんど苦しまなかったんですよ」
ボクは、高校生の頃から先代に髪を切ってもらっていた。
三十数年前、小さい頃から通っていた床屋のおばちゃんが、坊主頭か坊ちゃん刈りか七三かの刈り上げ系の調髪しかできないことを悟ったボクは、新しくオープンした床屋の客となった。その店の入り口横の白壁には、長髪に鬚面の男の顔が正面から大きく描かれていた。墨一色のその男が、ボクにはビートルズのジョージ・ハリスンに見えた。ボクと同じような理由で新しい床屋を探していたギター仲間もジョージに見えるという。ビートルズが好きなら刈り上げ以外もできるんじゃないか。そんなことを話し合って、ボクと友人は、まだ三十代半ばだった先代に髪を任せることになったのだ。
その後、何度か店舗は改装されて、いつの間にか壁画のジョージもなくなってしまったけれど、先代の腕は悪くはなかったかし、「テキトウに」とさえ言えば適当に仕上げてくれたから、2か月に一度「ところで……」で始まる世間話を楽しんでいた。
先代のちょっと早すぎる死とともに、ボクが悔やむことは、先代にあの壁画がジョージかどうかを尋ねなかったことだ。通い始めた頃は、20歳近く離れた大人の人に面と向かって聞く勇気がなかったし、壁画がなくなってからは聞くタイミングをなくしてしまっていた。いつか聞いてみようとは思っていたのだが、そのきっかけをつかめなかった。
もしかしたら、二代目は知っているかもしれない。蒸しタオルを取りに持ち場を離れた二代目の姿を追おうと鏡を覗き込むと、待合椅子の上に、「イエロー・サブマリン~ソングトラック~」のポスターが飾られているのに気がついた。あのポスターはいつからそこにあったのだろう? それを飾ったのは先代なのだろうか? そういえば、あの壁画は「イエロー・サブマリン」のジョージに似ていたような気がする。さて……
そんなことを思っているうちに、椅子が倒され蒸しタオルが顔にのせられる。暖かい蒸気を頬に感じながら、その質問は、もうしばらく取っておいたほうがよいような気がしてきた。
また、そのタイミングを失ってしまったのかもしれないけれど。