まあ、タケウマの備忘録のようなものです


by takeuma1192
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キャッチボールをすると、

キャッチボールをすると、いろいろなことを考える。

はじまるまでは仲のよさそうだったボールとグローブの関係が、投げはじめたとたん悪化するのはなぜだろう。
暴投、後逸、その他、さまざま問題がボクたちのグローブとボールを引き離してしまう。結果、グローブではないどこかを目指そうとするボールを追いかける時間のほうが多くなる。
もしかして、キャッチボールとは、どこかへ転がっていくボールを追いかけるスポーツだったのか?

転がるボールに追いつけないのはなぜだろう。
ボールを逃した瞬間、ボクたちは当然取り戻すべく行動にでる。ボールより速い走れば、難なくボールを手中に収めることができる。さあ、走れ! しかし直後、ボクたちは現実の不条理を知ることになる。人間には、理解しているからこそできることと理解していてもできないことがあるのだ。そして多くの場合、ボクは理解もできず、できもしない。
もしかして、キャッチボールとは、自己探求を促すワークだったのか?

なぜ、キャッチボールをする場所のそばには、草むらがあるのだろうか?
たいていボールはなにかにぶつかって止まる。そして多くの場合、ボクたちはその瞬間を目撃することはできない。ボールは、この周辺のどこかに確実に存在している。しかし、その場所を特定することはできない。地面が足元を隠すような草で覆われているからだ。ボールの軌跡を想定して草むらを探索するが、その想定が当たることはまずない。勘頼りの行動もたいてい裏目にでる。ボールには、ボクたちの目をくらます特殊な機能が付加されているに違いない。
もしかして、キャッチボールとは、草むらのなかからボールを捜すゲームだったのか?

草むらのなかをあれこれ見つめていたら、ツクシに出会った。地上に出現してからずいぶん日数が立っているらしい。胞子もすでにどこかに飛び立ち、役目を果たしたような佇まい。ついこのあいだ春が来たような気になっていたのだが、季節は動いているようだ。
そう、キャッチボールとは、さまざまな発見をもたらすものなのだ。それが本来の趣旨とちがったものであったとしても。
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by takeuma1192 | 2007-04-13 20:52 | 正しい休日の過ごし方